国語教育史研究会

第17回例会(国語教育史研究会)

日 時 2001年01月20日(土) 2:00〜5:00 早稲田大学14号館807室
題 目 研 究 森岡健二におけるコンポジション理論
  喜多見 眞弓(中央区立日本橋中学校)
研 究

山口喜一郎と西尾実の「話しことば教育」論の比較
  前田 健太郎(早稲田実業学校講師、都立目黒高等学校講師)

臨時総会 規約改訂 (資料)
参加者 石毛慎一、今井亮仁、牛山恵、大平浩哉、小原俊、北林敬喜多見眞弓、工藤哲夫、黒川孝広、坂口京子、澤豊彦、高山美佐、田近洵一、野村敏夫、本橋幸康、前田健太郎、渡辺京美
森岡健二におけるコンポジション理論
  喜多見 眞弓
発表内容 (資料より)
1,問題の所在
森岡健二はコンポジション理論を紹介し、「客観的でわかりやすい文章を『いかに』書くかを体系化した」  したことで知られているが、その一方でコンポジションを教条的に教えることに疑問を抱き、その無意味さ、無価値さを述べてもいる。そこで、彼の主張を追うことが、これからの文章表現指導の在り方を探る上で意味があると考え、森岡健二のコンポジション理論とは一体、何であったのかを明らかにしていく。

11,まとめと今後の可能性
森岡がコンポジション理論に託したものが、過程重視の表現活動だということはこれまでの考察の結果、明らかだろう。ただ、コンポジション理論は、森岡の定義とは裏腹にいくつかの矛盾を抱え、しかも、実際の過程はあくまで指導過程であった。ところが、「文章構成法」を錯覚と言い切った後の森岡の中では、重視すべき過程は表現過程となっていく。そのことは、次のような森岡の発言からも明らかである。
現在、文章の書き方について単行本はたくさん出ていますし、講座もありますし、文章をいかに書くかという基礎論は今や一般に普及した。にもかかわらず、作文教育が満足できる状態ではない、基礎論だけで勝負できないということがはっきりしてきたと思うんです。
それなら、どうしたらいいか。その基礎論の背後にあるいろんな言語問題、文章、文体それから人間の感情、心理あるいは人間の論理的な思考と文章のかかわりというものをもっと掘り下げてくる必要があるんじゃないか。
つまり、後年の森岡の中では、指導過程として挙げられる「文章を書く手順」の下にある、学習者個々の表現過程に目を向け始めたと言えるのである。
ただ、表現過程重視の文章表現学習を実際に行うとすれば、学習者の数だけある表現過程にどう対処していくかという問題が生まれる。そして、従来の方法のみでは、理念としては理解されても、現実問題ではそれが不可能と考えられてもきた。だが、もしも、コンピュータを文章表現学習に導入するならば、また新たな展開も可能だろうし、そこにこそ、文章表現学習の意味と価値が生徒に生徒にとっても、教師にとっても価値を持つのではないだろうか。
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山口喜一郎と西尾実の「話しことば教育」論の比較
  前田 健太郎
発表内容 (資料より)
序章  本発表の趣旨
 山口喜一郎の「内語」「心内語」を基盤とした話しことば教育論と、西尾の言語活動主義国語教育論はどのような関係性、相違点があるのか、本節では西尾の数多くの論文中、昭和10年、20年代の話しことば教育に関する論文を中心に分析していくこととする。
 西尾は山口没後に座談会「山口喜一郎先生を偲ぶ」の中で、以下の言葉を残している。
 海外における日本語ヘ育の經驗と、そこから体得せられて理論とをもつて、戰後の国語ヘ育における新領域としての話し聞くことばのヘ育進展の有力な原動力となり、推進力となつた翁は、(後略)                (「山口翁の思い出」64頁)
戦後の話しことば教育の発展に大きく関わってきた西尾が、山口をこのように評価しているのだが、山口の話しことば教育論のどのような点が「原動力」となり「推進力」となったのかという点についても同時に探る必要がある。

第4章 山口喜一郎と西尾実の「話しことば教育」の相違点
 昭和10、20年代の山口と西尾の論を比較すると、話しことばの3つの形態についての論以外においては、昭和20年という区切りにおいて、それ以前は関係性を、それ以降は相違点を見つけることができる。
 まず、昭和10年代における、山口と西尾との関係性をまとめておきたい。山口も西尾も「生活」に密着した話しことば教育を考えていたこと、「内語」「心内語」の概念が「言語活動」の中で行われており、話しことば教育の中においては決して見過ごしてはならないということにとても強い関係性を見出すことができる。そして、西尾の「言語活動」の論は、山口の実践ととても強い関係があり、西尾自身「言語活動」「言語生活」に重点をおいた話しことば教育論に少なからず影響を与えたということがあげられる。両者が「言語活動」を話しことば教育論の核に据えたきっかけについては違うにしても、「生活」「地盤領域」という西尾の考えを山口自身も考えていたところに両者の共通性があると考えることができる。
 しかし、戦後において、山口は言葉における「内語」の理解、「心内語」の活動の活性化という、表現者、理解者それぞれの思惟の精錬を話しことば教育の核に据えたため、個人の教育という傾向が強くなる。それに対し、西尾は、「通じ合い」「多を意識した会話」という、表現者と理解者が一体となった話しことば教育を推進したところから見ると、山口とは反対に全体で学習する教育という傾向が強くなる。ここに違いが見られる。
 なぜ、このような違いが生まれたのか、この論を確定するには、西尾の研究もふまえた上で考察しなければならないということから、昭和20年代の話しことば教育研究という全体的な視点から再度考察する必要がある。
 また、コミュニケーションにおける、「思考」についても、山口は「心内語」というように話しことば教育の核においていたのに対し、西尾は高次の段階のものということで、相手からの「批判、指摘」という点に着目した点についても再度指摘しておきたい。しかし、西尾もコミュニケーション論が完成段階に入ったときに「思考活動」というように、山口のいう「心内語」、ヴィゴツキーのいう「内言」を話しことば教育の核にやはり据えることとなるのである。この点から考えると、山口の「内語」「心内語」の概念はかなり早い段階で言葉の心内面での構造の特徴を捉えていたものであるということもできる。
 山口の話しことば教育における特質は「心内語」についての教育をとりいれたことにある。西尾などが「話す、聞くの連関性」について評価していることもあり、西尾との関係性で国語教育史における位置づけをする研究者が多いが、戦後、昭和20年代の山口の話しことば教育論は、「思惟」という、思考を基底においた西尾とは少し様相の違う論展開となったことについては前に論じたとおりである。西尾は社会的機能におけるコミュニケーション、いわゆる「多」との「通じ合い」を話しことば教育の基底におくのに対し、山口は、「心内語」の教育、いわゆる「個」の育成に基底をおいたのである。
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臨時総会
審議内容 審議事項
1.規約改訂
  a.会則改訂
 研究会から学会に組織変更による。例会を重ね、高い内容の発表を継続することができ、今後の会の運営、発展を考えると学会組織にすることの方がよりよいと判断した。
   1.名称を「国語教育史学会」にする。
   2.新たに「管理部」を設置し、会の資料保存をする。また「部」の組織変更し、会務処理を明確にする。
  b.例会規定制定 │
 「管理部」設置に伴い、例会の運営内容を明確にすることによる。
(以上、満場一致で可決)

報告事項
2.部員一覧−委員一覧を参照下さい。
3.事務部報告−ホームページ移転
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