国語教育史研究会

第20回例会


日 時 2001年06月16日(土) 2:00〜6:00 早稲田大学14号館510室
題 目 研 究 「時枝誠記「言語過程説」と国語教育」
 今井 亮仁(早稲田大学大学院)
研 究 「昭和20年代における「総合主義」批判の理念(1)」
 小原 俊(産能大学講師)
参加者
24名
今井亮仁、牛山恵、大平浩哉、落合一浩、小原 俊、工藤哲夫、熊谷芳郎、黒川孝広、小久保美子、佐野正俊、武山恭一、田近洵一、田村景子、土屋俊朗、名倉千春、野村敏夫、平野孝子、古田東朔、前田健太郎、森田真吾、和田さゆり、渡辺哲男、渡辺通子
「時枝誠記「言語過程説」と国語教育」  今井 亮仁
発表内容 (配付資料より)
0 はじめに

 1941(昭和16)年、岩波書店から刊行された『国語学原論』(以下『正篇』と記す)によって独自の「言語過程説」(注1)をうちたてた時枝は、以降、この仮説的理論の論証のため、さまざまな角度から各論を展開していくことになる。特に、戦後は西尾實との論争を契機として国語教育に対しても活発に発言していくことになるのであるが、その、国語教育とのかかわりの中で生成され、後に「言語過程説」の骨子となっていくのが、所謂「伝達論」である。1955(昭和30)年に、『正篇』以後の展開をまとめた『国語学原論続篇』(以下『続篇』と記す)では、「伝達論」はその冒頭に位置付けられていることが示すように、時枝言語学のもっとも重要な側面として、これ以後の時枝理論の基本的枠組みを形成していくこととなる。
一方、1961(昭和36)年、東京大学を停年退官し早稲田大学に移った時枝は、この頃より〈読み〉とは何か、という、いわば読むことに対する「哲学的解明に腐心」する。本発表では、この晩年の時枝の〈読み〉の理論を通して、言語過程説そのものの「構造」と問題点について考察する。

(略)

4 まとめ

 このように見てくると、〈読み〉の理論における〈構造〉の問題は、そのまま言語過程説の問題に還元することができる。つまり、時枝の言語過程説は、言語を、人間の主体的行為そのものとしてとらえようとしているのであるが、実際は、それを伝達の枠組みに当て嵌めることによって、むしろ抽象化され〈構造〉化された言語の捉え方が、そこには表れているように思われる。主体としての行為を重視するならば、むしろ、伝達における受容者の内部の連合作用の解明のほうに重点を置くべきではなかったか。殊に、時枝言語学の根底に影響しているといわれる現象学的な観点からすれば、主観の内部における連合作用に、基点を置くほうが、妥当であったといえるであろう。また、社会的交渉としての言語の役割をさらにつきつめるならば、主体の内部に揺さぶりをかけるものとしての「ことば」の働きも見えてくるように思われるが、それは、末尾に示唆的に述べられるにとどまっている。

 しかしながら、継時的に正しく文章の道筋をたどり、誠実にその言葉を理解しようとする態度を基点とする、この「伝達」の枠組みに依拠する〈読み〉は、今日、あらためて見直されるべき部分も少なくないのではないかと思われる。
 作者という主体の言説そのものに〈読み〉の枠組みの基礎をおき、読者の解釈を必要以上に恣意的なものにさせない、ある種の枠組みの存在を強調することは、〈読み〉の基本として押さえておかなければならない真実であろう。また、読者自身が、継時的な流れの中で、文脈の中の「言葉」を追い、その構築によって意味世界を読者の内部に作り上げるという、「たどり読み」の本来的な意味合いは、言葉そのものを大切にするという、〈読み〉のあり方を見直させてくれる。
 言葉の意味を作者の意図どおりに誠実に理解しようと主体的に働きかけ、それを基盤として、読者主体としてその中に意味世界を構築するということは、いいかえれば、他者の言葉を誠実に受け止め、それとの出会いによって自己の変容・成長をさせうるということである。

 国語教育の目標は、ある意味において、表現理解の技術を正しく訓練し、言語の機能を有効的確に発揮させるところにあると云つてもよいのである。・・・その技術が、常に対人関係の構成といふことを目標としてなされねばならないところに、極めて重要な社会的意義を持つて来るのである。
(『改稿国語教育の方法』15ページ)

 結果として、〈伝達構造〉のほうにやや傾斜してしまった感はあるものの、「言語は主体的行為である」という時枝の言語観の意図したところは、今日、「ことば」についての重要な示唆をしているように思われる。つまり、「ことば」を、対人関係を構成する行為として、児童・生徒の主体的行為に還元する国語教育のあり方の提示は、言語教育における時枝の功績であり、今後改めて見直される必要がある。
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「昭和20年代における「総合主義」批判の理念(1)」  小原 俊

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